令和5年(2023年)6月に教授に着任した小林聡です。金沢大学放射線科は前身の石川県金沢病院理学診療部の創設が1917年、大学の講座としての開講が1945年の歴史ある教室で、私は第5代目の教授です。
私は、1990年に金沢大学医学部を卒業し、直ちに金沢大学放射線科に入局いたしました。
金沢大学附属病院、福井県済生会病院放射線科で研修後、黒部市民病院や富山県立中央病院をはじめとする金沢大学の関連施設で放射線科医としての修練を積み、その後は金沢大学附属病院で診療、研究、教育に従事してまいりました。また、最近は保健学系において診療放射線技師を目指す学生の教育にも携わっておりました。
放射線科の仕事は大きく画像診断、画像ガイド下治療(interventional radiology, IVR)そして放射線治療の3本の柱からなります。
画像診断は、CTスキャンやMRI、超音波検査や血管造影検査などあらゆる画像モダリティを駆使して患者さんの疾患の病理・病態を非侵襲的に把握し、治療に結びつけることを目的としています。
1895年にレントゲン博士がX線を発見する以前には患者さんの病理病態を客観的に把握するためには実際の病変を肉眼で確認したり、顕微鏡で見たりする必要がありました。このようなマクロ・ミクロの病理診断は診療における最終診断ではありますが体内の病変を肉眼で見ることは通常は困難であったり、細胞を採取するためにはわずかですが患者さんの体を傷つけたりする必要があるという欠点があります。
画像診断学の目標は患者さんの体に傷をつけずに疾患の病理・病態の把握を行い、それを治療に結びつけることです。言い換えれば、どのようにして非侵襲的に病理診断に匹敵する正確な診断を行うかの追求が画像診断の真髄です。
画像ガイド下で病変を把握し種々の治療を行うIVRや、体外あるいは体内から癌に放射線を照射して治療を行う放射線治療も放射線科の重要な仕事です。これらを安全かつ効果的に行うためには、病変の程度や範囲を正確に把握して治療を行うことが必要不可欠であり、精密な画像診断に基づいて施行することが重要です。従って画像診断を極めることとIVRや放射線治療を極めることとは密接につながっています。
我々の教室の守備範囲は核医学を除く全ての画像診断、IVR、放射線治療であり、患者さんのためになる放射線診療を実践するバックグラウンドが整っています。
当科では第2代教授の高島力教授が肺癌の画像診断、第3代教授の松井修教授が肝臓の画像診断とIVR、第4代教授の蒲田敏文教授が膵癌の画像診断に力を注ぎ、それぞれの分野において世界をリードする研究や診療が行われてまいりました。
これまで我々は伝統的に、1例1例を大切にし、臨床上の疑問点は残さないことを目標に画像と病理の対比検討を丹念に行うことを通して、教科書には載っていない新しい画像所見の発見や画像による新たな病態解析を実践し、研究成果を世界に発信するとともに日常臨床に還元し、日々の診療を行なってまいりました。
これからも病理病態の解明につながる精密な画像診断の実施とそれに基づく効果的かつ安全なIVRや放射線治療の施行を通して放射線医学の発展と診療レベルの向上に努めてゆきたいと考えています。
AIの進歩と放射線科医の関係
最近のAIの進歩には目を見張るものがあります。特に医療の中では画像診断分野への応用が進んでおり、画像診断はAIにとって変わられてしまい放射線診断医は職を失うのではないかという悲観的な見方をする人もいます。しかし、私はそうではないと確信しています。
現在のAIはすでに教科書に載っている知識の利用に関しては人間の能力を超えたレベルで処理を行い我々の負担軽減に役立ちますが、AIが自動的に新たな疾患や病態を発見、分類し、診断基準を作成したり、教科書には載っていない疾患の画像所見をAIが自動的に発見して新しい画像診断体系を作成したりするというレベルには達しておりません。そのような次世代型AIが医療分野に普及するまでにはさらにいくつかのイノベーションが必要であろうと考えています。それまでは、我々画像診断医が新しい画像所見を発見し、それをAIに教えこみ、AIが正しく判断をしているのか最終確認を行う必要があると言えます。従って画像診断医とAIの関係は、AIが画像診断医の仕事を奪うのではなく、むしろ、A Iが画像診断医の日常診療における負担を軽減し、我々がよりクリエイティブな業務を行う時間を増やすことにつながるものと考えています。さらに、AIがいくら進歩しても放射線診療の大きな柱であるIVRや放射線治療を医師に代わって行うことはできません。次世代の放射線科医はAIを味方にすることで、これまで画像診断業務に割いていたエフォートをIVR技術や放射線治療技術の習得に費やすことが可能となり、より高度な治療技術を効果的に身につけることが可能になるだろうと考えています。
地域医療のゲートキーパーとしての放射線科医の育成について
我々の教室は、大学病院の放射線診療を担うだけではなく、北陸で放射線診断医、放射線治療医を目指す臨床研修医や専攻医の教育拠点としての役割も果たしています。例えば、金沢医療センター、石川県立中央病院、富山県立中央病院、厚生連高岡病院、福井県立病院、福井県済生会病院など、北陸3県の基幹病院で働く放射線科医の大部分は当教室出身者であり、各病院と金沢大学放射線科は緊密に連携し専門医教育を行なってまいりました。しかし、北陸3県では病院数に対して放射線診断専門医、放射線治療専門医数が絶対的に不足しています。医療の質の担保のために、これまで以上に多くの放射線診断専門医、放射線治療専門医を育成し、北陸3県の全て地域で大学病院と遜色のない放射線診療を行うことができるよう、次世代の優秀な放射線科医の育成に全力で取り組みたいと考えています。
令和5年6月